論文要旨

伝統はいかにして創られるか
折尾神楽をひろめた男性のライフヒストリー研究

緒方淳子

 伝統とはなんだろうか。折尾神楽は、島根県出身である野村砂男氏が発起人となった折尾神楽保存会が28年前に始めたもので、現在では折尾の郷土芸能としてすっかり定着して いる。この論文では、折尾神楽という郷土芸能を通じて、新しい文化がどのような形で定着し、浸透していったかを述べる。
 折尾神楽が誕生した要因として、野村氏というひとりの人間のパーソナリティによるところが大きい。野村氏は幼い頃に養子として出され、複雑な環境の中ではやい時期に自立することを求められながら育った。こうした経験が彼を非常に積極的で行動的な人間に育て、他人に率先して新しいことをおこなう性格を形成していったと考えられる。また再会した実の父親が神楽師であったことももちろん無視することはできない。
 また、保存会が結成された当初においては、神社に結成を報告して回ったりしたが、やがて口コミやイベント会社からの紹介などでさまざまな神社から要請を受けるようになっていった。外部から人が集まってできた折尾という町にとって、こうした地元の芸能が求められていたことも注目すべき点である。こうした状況のもとで野村氏は、すでに全国に名をはせていた石見神楽を、折尾神楽という新しい名前をあたえて作り直していった。このように元の神楽をそのまま演じるのではなく、北九州の気質にあうように工夫をし、その地方独自の神楽として広めた点も重要である。
 折尾神楽はこうした様々な要因が重なりながら、郷土の芸能として、年を重ねるごとに折尾の町に根づいていったのである。

 

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